指定番号 : 道の有形文化財第120号 / 指定日 : 1979年5月2日 /
斥和碑は朝鮮高宗時代、丙寅の役(1866)と辛未の役(1871)を勝利に導いた興宣大院君が西洋勢力を排斥して、これを国民に諭そうと全国の重要地域に建てた碑である。
碑は四角く削った石の角を切った簡単な形態である。碑には太い字で、"西洋の夷人が侵犯するのに戦わないことは和親と等しい。和親を主張することは即ち国を売ることだ"という内容を書いておいた。その横にも小さな字を刻んだが内容は"子孫万代に警告する。丙寅年に作って辛未年に立てる"である。
斥和碑は高宗8年(1871)に全国各地に建てたが、高宗19年(1882)の壬午軍乱で大院君が清に拉致されて引き続き開港を迎えるようになってから殆んどが撤去され、今では数基の碑だけがあちこちに残っている。