指定番号 : 道の有形文化財205号 /
朝鮮太祖6年(1406)に創建し、立派な儒学者を称え、地方民の儒学教育と教化のために国が建てた教育機関であった。
1909年新教育実施にあわせて儒林の代表たちがここにウォンミォン学校を設立して若い青年たちを教育した。その後また梁山公立普通学校、梁山高等公民学校、技術学校に変えて使ったりした。
1864年に大きく修理を行ったが、『梁山校誌』によるとあまり差はないと推定される。
建物の配置は勉強する所である明倫堂と東·西齋が前方の平地にあって、祀る所である大成殿と東·西廡が裏の傾斜地にある前校後廟の形態を取っている。郷校は本来建物が建てられた形式と規模によって大·中·小設位の3等級に分けられる。従ってこの郷校の出入門である外三門が樓閣の形態で建てられていて、明倫堂と大成殿の規模が比較的大きいという点から中説位に当たると考えられる。
朝鮮時代には国から土地·田籍·奴婢などをもらって学生たちを教えたが、甲午改革(1894)以後は祭祀だけを行っている。